積み重ねる毎日 - 1/2

積み重ねる毎日

4,019字

初出2020/11/29

とある定食屋の机上に次から次へと空の丼が積み上がって行く。そこには恍惚とした顔で丼ぶりを頬張る可憐な女性、桃色の髪をした甘露寺蜜璃がいた。向かい合うように座り、甘露寺ほどではないにしろ意気揚々と丼ぶりを口にする黄色い髪の男、煉獄杏寿郎がいた。彼は甘露寺の止まらぬ箸の勢いに「うむ!うむ!」と感心しているようだった。居合わせた客は二人の凄まじい食欲に呆気にとられていたが、当の二人は気にしてなどいないようだった。

「こうして食事をご一緒するの、久しぶりですね」
「うむ、美味いな!」
甘露寺の言葉に大きく頷きながら放った言葉はこれであるが、彼女はさして気にもとめずに微笑んだ。杏寿郎は左目に大きな眼帯をしており、隊服ではなく着物を身に着けていた。炎柱の羽織はそこにはなく、あるのは椅子の傍らに立てかけた杖ぐらいだろうか。
杏寿郎が無限列車にて上弦の鬼と死闘の末かろうじて命をとりとめてから、早数ヶ月が経過した。一時は三途の川を渡っていたらしいが、今は甘露寺の前で勢いよく丼ぶりを食している。以前ほどではないにしろ、常人の2倍ぐらいは食べているのだ、これを喜ばずしてどうするのか。甘露寺は眦に浮かんだ涙をそっと指で拭って破顔した。

「そうだわ!聞きましたよ煉獄さん!この頃、『恋』をしていると宇髄さんからーー」
「んぐっ!!」

急に話題を変えられたせいなのか、『恋』という言葉に反応したのか、杏寿郎はごはんを喉に詰まらせてしまい、冷や汗をかきながら己の胸を叩いた。甘露寺は慌てて湯呑みを差し出しながら、その様に目を光らせた。以前ならこういう話題をふっても、視線の合わない瞳で明後日の方向の返答をしてくるのだが、今日は違う。つまりーー

「ああやっぱり!恋なのね!煉獄さん、恋をしてるのね!」
頬を赤く染めて喜ぶ甘露寺に、息も絶え絶えに杏寿郎は震えながら片手をあげ軽く被りを振ってみせた。
「いや、なに、そういうわけではない、俺は炭治郎と何もーー」
「炭治郎君と!もう名前呼びなのね!きゃー!素敵!素敵だわ!きゅんきゅんするわ〜!」
「……よもや……」
杏寿郎は目を丸くしたまま、額に汗を浮かべた。心なしか顔が赤くなっている様に、甘露寺は更に笑みを深くした。

赤くなってる煉獄さん、素敵!かわいいわ!

「宇髄さんから聞きましたっ、この頃ほぼ毎日のように炭治郎君から『好いてます、添い遂げて下さい』と迫られているとっ!煉獄さんはそれにどう応えているんです?!」
「……甘露寺、その話は……むぅ……」
「ほぼ毎日ですよ!毎日!あの真っ直ぐな炭治郎君に告白されて、煉獄さんはきちんと応えてあげてますか?!宇髄さんが言うにはーー」

杏寿郎は怪我のせいもあり、柱を引退している。そんな彼は後遺症の心配もあるため度々蝶屋敷へと赴くのだが、その度に竈門炭治郎と出会っている。そこで彼は杏寿郎に毎度のごとくこう言うのだ。

「煉獄さんを好いてます
「煉獄さんはとってもかっこいいです、結婚してください
「今日もかっこいいですね、添い遂げましょうか
「煉獄さん、嫁に来てください
「惚れてしまってどうしようもない、一つになりましょう!」

怒涛のような言葉に杏寿郎は毎度気圧されてしまい、ろくに返答ができていない。応えても「竈門少年は今日も元気だな!」「常中ができているようだな、感心感心!」と、彼の真摯な言葉を無視するように話題を変えている。その度に炭治郎が僅かに物悲しそうな顔をする、その顔を見るとチクリと胸が痛むのだ。

「ええっ、はぐらかしているの?!どうしてーー」
「どうしてと、……言われてもだな……」
すっかり箸が止まってしまった杏寿郎とは違い、人の恋路でごはんが進むのが甘露寺である。もぐもぐと親子丼を頬張りながら、ふと思ったことを問いかけてみた。

「炭治郎くんのこと、好きではないのですか?」
「好いてはいるぞ」
ぽろりと零した言葉にしばらく呆けた後、煉獄は机に両手を勢いよくついて項垂れた。耳まで真っ赤になっている。
「それなら尚更!応えてあげたほうがいいですよ!」
「そう、だろうか……」

杏寿郎は瞼にちらつく炭治郎の顔に、また胸がチクチク痛むのを感じた。最初に炭治郎から「好き」言われた日はいつだっただろうか、それに自分はどう応えただろうか。杏寿郎は自分の膝に視線を落として、甘露寺の詮索から逃れようと足掻いた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA